私が開業したときに直ちに契約に応じて下さったのは、共に建築関係の下請業者である大滝さん、広田さん、堀部さん、竹田さん、の四人の方々でした。当事過酷な徴税に対して、節税対策として法人成が始まってきたときで、私も何の配慮もなく時の風潮に便乗し、株式会社、有限会社の設立をすすめ、さらにこれまた時の流れの記帳代行業務を事務所に定着させてしまいました。記帳代行業務をベースにして、年次決算書の作成から税務申告書の作成・税務代理というサイクルで十年一日の如くに業務を行なってきたのですが、月次監査がない記帳代行業務をベースにする事務所のやり方については常に懐疑的でした。これを払拭できたのは、昭和44年に直接にお会いして教えを受けた、計理士・公認会計士で斯業抜群の立場におられた飯塚 毅さんのおかげでした。しかし、ここまでのことが実現できても、私は釈然としないものを重く胸の中にもっていたのです。
それは開業時に駆け付けてくれたお客様に対して約束した
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「企業の定め(命運)は存続にあります。皆さんの命がけの努力を、私はもてる力を振り絞って御支援をしていきます。小泉会計事務所はいつまでも皆さんと一緒にいます。」
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という、青年計理士の素朴な発言が、その後の50年の人生においても深く意識に沈潜し、これが小経営事業に対する愛着となっていたのでしょう。
「そうだ、ここだ!」と私は気付きました。私が関与してきた小経営の方々の中には、自由経済社会において規模を拡大して上場会社へと成長する会社もあり、また中小中堅企業として安定した立場を堅持する会社もあったわけですが、そのほとんどがスタート時は小経営事業体であったのです。そして規模を拡大せずに着実に功績を積み重ねるお客様も、小経営事業体として立派に仕事をされています。つまり小経営事業は日本の宝であり、かつ、日本経済の根幹だという確信を私はますます強固にしたのでした。
→ 自由企業体制の立脚点
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